日本での新たな挑戦。ブランディングとデザインを教えて教わる。

前回のブログでは、アメリカでデザイナーとしてのキャリアをスタートさせ、順調にキャリアを重ねていった亀谷。誰もがこのままアメリカで、忙しくもやりがいのある生活を続けていくと思っていましたが……。
ある時、思わぬ落とし穴があったことに気づき、日本に戻ることを決心します。

前回のお話はこちら:「大切なのは、どんな小さなことでも、コンセプトを問うてみること。」

亀谷氏07

日本に行こう!喪失しかけたアイデンティティーを取り戻すために

僕にとってアメリカでの生活から得たものは本当に大きかったと思います。アカデミー・オブ・アートという学校での経験も良かったですね。

アメリカにいて9年目くらいでしょうか。マイケルさんの事務所で働き始めて4,5年が経った頃、ある日本企業の商品パッケージのお手伝いをしたんですよ。ある時マイケルさんから、先方の部長さんにお手紙を書くように言われたんです。この企業は日本の会社ですから、日本人の僕がデザインさせていただいています、みたいなご挨拶の手紙を書くようにと。

お手紙を出してしばらくすると、先方からなんと赤ペン添削付きで戻ってきたんです。日本語全然ダメ、0点!みたいな。
その直後にも、その会社からお電話をいただいた時に「いつもお世話になっております」と先方がおっしゃって、僕は「はい」って言ったんです。当然、「はい」とはどういうことだ!と怒られまして。(笑)

日本の社会経験はゼロでしたから、日本で当たり前のビジネスマナーを全く知りませんでした。先方も知らん顔も出来たのに、あまりの酷さに何だか可哀想になったんでしょうね、きっと。あの時に指摘してくださったことは、今になれば理解できますし、感謝しています。

そして僕はその時、これはまずいと思ったんです。自分のアイデンティティーを喪失してるなと。

誰もがずっと、僕自身でさえアメリカで暮らしていくと思っていましたが、このままでは自分は何者(アメリカ人にも日本人)にもならないと思って、日本に行こうと思ったわけです。帰ろうではなくて。

そうしたら居ついてしまって、今に至るというわけです。

教えて教わる。一橋ICSブランディングとデザインの直伝コースのはじまり

日本に来て6年ほど会社勤めしましたが、世紀が変わった2000年にある方に声を掛けていただきました。
その方は竹内弘高さんとおっしゃって、ちょうど一橋ICS(一橋ビジネススクール)という国立大学で初のMBAスクールを立ち上げようとされていた時でした。

竹内さんは競争戦略論を日本に広め、「知識創造企業(書籍)」をはじめ、直近では「ワイズカンパニー(書籍」を野中郁次郎先生と共同で発表された、日本のビジネス界では、知らぬ人はいないだろう方々のひとりです。

出会いは前職での社内勉強会で、競争優位性の経営戦略と言う考え方のセミナーでした。
この時僕は、競争優位性について初めて触れ、すごく好きだと思ったんです。それは彼の言う競争戦略論が、ブランディングそのものだと感じたからでした。

竹内さんは僕のことを面白いと言ってくださって、一橋ICSのロゴを任せてくださいました。

そこでロゴを作る時に、コンセプトを聞いたわけです。僕は色々なことを訊ねるうちに、競争戦略論の話になり、M&Aにおいては、いかにそれによって相乗効果を高め、究極に自分たちが競争の一歩先をリードできるかが目的であることや、皆が同じ方向に向かっているプライスコンペティションをせず、別な軸を作ること。新しい市場を自分たちで作ったら、完全なリーダーとなれること。会社や組織の中には意図せず門外不出のナレッジ(知恵)が蓄積され、他社は真似しようとしても戦えないこと。等々。完全な競争を自分たちに優位にするやり方はそこしかない。まさにそれはブランディングですよね。というような講釈をたれてしまいまして。

そうしたら、竹内さんはすごくそれを褒めてくださって。

その後、2004年に今の会社を設立する時に、当時デザインを教えているMBAがないからと、一橋ICSのMBAで教えるお話を頂いたんです。

竹内先生

サッカーゲームの駒に竹内先生のお顔をコラージュして作ったパネルスタンド。制作:亀谷

学びは気づき。押し込むことではないのです。

一橋ICSの講義は、学生さんと言っても、生徒さんは世界のあちこちから来ている、少なくとも就業経験が数年ある人たちなんです。それこそ僕の競争優位性が問われるわけですよね、競争戦略を。

他の教授方と同じ路線では絶対に負けてしまいますし、何よりも学生さんが楽しくないだろうと思って、僕なりの教え方を色々と工夫しました。基本的には喜んで欲しかったんです。学びって、押し込むことではなく、気付きじゃないですか。

そして僕は理論を理論として教えるのではなく、Learning by Doing、つまりやりながら学ぶという方法を取りました。

例えばこんな授業をしたことがあります。

ペアを組んでもらって、お互いにヒアリングしながら、互いの顔を粘土で作るんです。ヒアリングした内容、個人のコンセプトをいかに形にするかが課題です。

僕が教えたかったのは、まず手を使うこと。

手を使うと脳が刺激を受ける。同時に、これは僕の信念なんだけど、ターゲット、対象者をよーく見ることが重要なんです。上手く行かない時は、見ているようで見ていないことがよくあるんですね。見るというのは目で見るだけではなく、対象者の背景にあるものも含め、妄想でもいいから徹底的に細かく把握する力をつけるということなんです。

そうしてできたマスクはこれがどれも、不思議なくらいその人にマッチするんですよ。

でも、パッと見はみんな粘土細工してる変なクラスですよね。結構そういった意味でも関心を集めてましたね。(笑)

ICS授業風景

一橋ICSの講義風景

ダメなブランドを立て直すポイントは「コンセプト」と「タッチポイント」

「今、ダメなブランドだと思う会社を上げてみて。あなたはこのダメなブランドをいかにリカバリー、リニューアルしますか?」という課題を与えたこともあります。

チームで何故ダメなのか考え、コンセプトを変えるなら、コンセプトを明確にして架空のコンセプトを立ててみるとか。もしくは、コンセプトを変えずに、何らかのお客様との接点、タッチポイントで損をしていないかを考えるよう促してみたりしました。

ダメなブランドだと人から思われないためには、まずコンセプトをもう一度見直す。伝える方法、タッチポイントを見直す。ここがポイントだよ。といった感じです。

そこからはUXの話にもつながっていきますね。

具体的なデザインはデザイナーを雇えばよい話なので、ビジネスマンがやるべきデザインというのは、自分たちのストーリーを伝える最適な場所を見つけることだと言うことも伝えました。

学生さんはデザインのクラスだから、絵が描けないといけないと思っているんですが、僕はいつもこう言うんです。

「デザイン=絵だと思うな。それは、裏にある考え方、戦略だよ。気付きだよ。自分たちの伝えようとしていることが、どこかで欠損して上手く伝わっていない、それに対する気付きだよ」と。

そもそも楽しいはずなんですよ。コンセプトビルディングするとか、タッチポイントを考えるとか。そういうのがあれば、社会に、消費者に、あるいはファンに必ず伝わるんですよね。

そういうことを考えて教えていたら、僕自身が役にたったし、教えて教わるって、まさにこのことだなあと思います。

次回はいよいよ亀谷ヒストリーの最終回。
亀谷の今とこれから、そしてどんなふうにお客様と向き合っていくのかなども少しお話しようと思います。

竹内弘高先生Wikipedia