大切なのは、どんな小さなことでも、コンセプトを問うてみること。
亀谷のヒストリーを辿りながらブランディングについて考えてきたブログの3回目。
前回のお話はこちら:「ブランディングの肝は、コンセプト。肝心なのは徹底したこだわり。」
いよいよサンフランシスコにデザイン事務所を構えるマイケル・オズボーン氏のもとで、デザイナーとしてのキャリアをスタートさせます。
ブランディングへの土台となったデザイナー時代に学んだこと。
僕は卒業する時に、1日しか就活をしていないんです。なぜなら就活した1日目にマイケルさんから、「俺のところに来い。他の先生にクギを刺しておいたから、お前は、どこにも行けない、俺のところに来るしかない」と言われたので。就活もせず、いきなりマイケルさんの事務所で働けるなんて、ラッキーでしたね。
マイケル・オズボーン氏は現在もマイケル・オズボーン社の社長であり、クリエイティブディレクターであり、アーティストでもあります。(マイケル・オズボーン氏については文末をご参照ください)
1991年から私の母校 Academy of Art University で講師も務めていらっしゃいます。
前回のブログでもお話しましたが、大学の学生だった僕は、マイケルさんにパッケージデザインを教えていただいていました。そこからのご縁です。
5、6年お世話になりました。あれが出来たから大抵のことは大丈夫と思えるくらい大学も厳しかったけれど、マイケルさんの下で本当に色々と基本的なことを学ばせてもらったと思っています。
彼のもとでワインのデザインも毎月1本くらいやらせてもらい、ボスが大のワイン好きだったので、よくナパにも行っていました。そのおかげで一度だけ、カリフォルニア・ワインを世界的に広めた第一人者と言われているロバート・モンダヴィさんにもお会いすることが出来ました。
ある時、僕がデザインをしていた小さなワイナリーで寄り合いがあって、名士たちが集まっているその場に、たまたまいられるチャンスがあったんですね。
そこで一人のリーダー的な人が熱く語っていました。「ナパバレーのアメリカンワインを底上げするためにも、メキシカンの労働者を叩いて使うようなことは絶対にしてはいけない。ワインは農産物なのだから、農業を、農家を、それに従事している人たちを大事にしなければ!」
すごい人だなぁと思っていたら、その人がロバート・モンダヴィさんだったんです。彼はそういう活動においても中心的な人物だったんですよね。
(ロバート・モンダヴィのワイナリー Benjamin Zingg, Switzerland – 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=2250504による)
当時はワインと並行して、他のパッケージデザインもやっていました。他にもバブル期の日本人で賑わうDutyFreeショップのパッケージデザイン、看板やロゴなど、いろんな媒体のデザインの仕事もやっていました。またベンチャー企業もどんどん出てきた頃でしたから、ロゴやガイドラインを作ったりもして。鍛えられましたね。
マジンガーZを買ってもらうためのコンセプト?
アメリカで多くのことを学びましたが、じつはブランディングの土台となる考え方は、子供の頃から染みついていたものだったかも知れません。
以前、父がデザイナーだったとお話しましたが、何だか物心ついた時から「コンセプトは何だ」って常に父から言われていたんです。
ある時、おもちゃ屋でマジンガーZが欲しいとねだったんです。父は言いました。「なぜマジンガーZが必要なんだ。なぜ欲しいのか。そのコンセプトは何だ」と。マジンガーZのコンセプトはわからなくもないですが、僕がそれを欲しいコンセプト。難しいですよねぇ。(笑) 僕はそれをどうやって説得できたかは覚えていないのですが、そんな風に事あるごとにコンセプトということを言われていました。
留学すると言った時も、留学する目的は何かと言うので、海外で学びたいと答えたわけです。すると、「それは目的ではなく手段でしかない。何をもって君はここに行って、どういう風に世の中に働きかけて、社会をどうして行きたいの?それがコンセプトだよ」。
今でも手段の方を話していることも多いので、ふと我に返って、コンセプトって何だろうと気づかされることもあります。だから両親には感謝していますね。
アメリカで活きた、コンセプトを問うことの大切さ
このことはアメリカに行った時に、非常に活きてきたなと思います。
なぜこれをするのか。これをする目的は何なのか。
アメリカで、下っ端であるにもかかわらずワイナリーに一人で行かされて、誰も何も教えてはくれない。それはつまり任せたっていうことなんですよね。だから自分で必死に考える。ワイナリーは基本、家族経営なので、どうやったらこの家族の役に立てるんだろう?と。
それにはまず、彼らの作りあげてきた背景や、どんな思いでこのワインを作っているのかというような思いを聞くことが重要なんですよ。なぜならそこにはやっぱりイズムがあるからです。
何世代にも渡ってものすごい苦労をして作りあげてきたもの、培ってきたものがある。そういう気骨のある、クレバーな方々とふれあうことで、このワインはこうしたいな、って言うのが僕の中で生まれてくる。そうしてデザインしたものを基に、少しずつ一緒に形にしていく。
傾聴というのを僕はアメリカで学びましたね。
数々の出会いと経験を重ね、忙しくも充実した日々を送っていた亀谷ですが、あることをきっかけに、アメリカを離れ日本へと居場所を移します。この続きはまた、次回ブログで。
マイケル・オスボーン社HP
http://www.modsf.com
マイケル・オズボーン氏プロフィール
http://www.modsf.com/about-michael