ブランドの価値を決めるのは、顧客の「エクスペリエンス」

皆さんは、ブランドの価値を高めるためには何が必要だと思われますか。

これまで日本では、デザインや品質など商品の良し悪しがブランドの価値を決めているという考えが主流でした。しかし今はそれだけでなく、そのブランドにまつわる体験(ブランドエクスペリエンス)もまた、そのブランドの価値に大きく影響しているという考えに変わってきています。

とはいえ、そのように言われても、ブランドエクスペリエンスというのがどういうものなのか、ブランドの価値にどのように影響するのかが分からないという人も多いでしょう。

そこで今回は、ブランディング専門 グラビティーワン株式会社のクリエイティブディレクター 亀谷に、ブランドエクスペリエンスとはどういうことなのか、その本質を語ってもらいました。

ブランドの価値を決めるのは、顧客の「エクスペリエンス」

グラビティーワン株式会社
代表取締役・クリエイティブディレクター
亀谷 勉

―ブランドエクスペリエンスとは、消費者がブランドと接した際に抱いた感情や満足度、その時の行動などの体験ということなのですが、そもそもなぜそのような体験が重視されるようになったのでしょうか。

ブランドエクスペリエンスという言葉自体は最近よく聞かれるようになったものですが、私たち消費者は、今も昔も体験を通してブランドの価値を感じています。

例えば、ラグジュアリーブランドで100万円のバッグを購入する顧客は、そのバッグのデザインや品質だけで選んでいるわけではありません。そのお店のラグジュアリーな空間や、店員の丁寧なもてなし、購入後の満足度といった様々な体験を通してそのブランドやバッグに価値を感じ、その価値に対してお金を払っている、というのがブランドエクスペリエンスの根本的な考え方です。

ラグジュアリーブランドの店舗は、お金をかけて細部にまでこだわって作り上げられた空間です。価値の高いブランドでは、その価値を作り出して維持するためにお金をかけ、それによって顧客に素晴らしい体験を提供しています。そこまでするからこそ、その対価として高額な商品を買ってもらえるのです。ただ単に良いバッグだからというだけではなく、そのブランドでの体験が素晴らしいから、顧客はそのバッグには100万円の価値があると認めて購入するわけです。

そしてその体験は、お店に入る前から始まっています。店舗に行くために利用した駅からの道や、店舗の入り口、駐車場など、そのブランドとのタッチポイントの全てがエクスペリエンスなのです。

―そのような体験を通じて満足感を得ることが重要なのですね。

それが自己顕示欲のこともあれば、ステータスとして満足したということもあるかもしれません。また、純粋にその商品や接客、サービスを気に入って満足するということももちろんあるでしょう。いずれにしても、そのような感情や気持ちには、お店でのラグジュアリーな体験が影響しています。例えば、ラグジュアリーブランドの店舗がラグジュアリーではなくカジュアルな雰囲気だったり、店員が気軽な雰囲気で接客をしていたりしたら、100万円もするバッグを買いたいという気持ちにはならないかもしれませんよね。100万円のバッグには、100万円に見合った体験が必要なのです。

例えばフランス・パリのラグジュアリーブランドでは、昔からそれが十分に理解されていて、エモーショナルエクスペリエンス(emotional experience)が大切にされています。エモーショナルエクスペリエンスというのは、日本語でいうと情緒的な体験ですね。物そのものだけでなく、物を通して情緒的な体験を提供するということ。これが、ラグジュアリーブランドの提供価値です。日本の社会も成熟してきて、ようやくそのことに気付き始めたということなのですね。

ただ、認識するようになったのは最近かもしれませんが、こういう体験自体は昔から変わっていません。例えば秀吉も、これを実践していたんですよ。

―秀吉というのは、豊臣秀吉ですか。

そうです。こんな話があります。

秀吉は、大名に対して土地を与えるべきところ、土地がないので代わりに器を与えたそうです。でも、ただ器をもらっても大名は喜びませんよね。そこで秀吉は考え、「これは利休がしつらえた器だ」と言って大名に授けることにしました。ただ渡すだけなら一つの器に過ぎないところ、「利休という目利きが見立てたもので、実際に秀吉がお茶をたてて大名にふるまってきた器」というストーリーをつけたわけです。そうなれば、これはもうただの土でできた器ではなく、価値のある器になりますよね。

このストーリーは、体験の象徴です。歴史的な経験があり、秀吉に認めてもらった証でもあり、ステータスシンボルでもある。そしてさらに、その人の純粋な喜びにもつながる。大名にとっては、エモーショナルエクスペリエンスなのです。この体験があるから、一つの器が百万石、つまり不動産に匹敵する存在になったわけですね。

ブランドエクスペリエンスとは、エモーショナルエクスペリエンスのことだというのが私の考えです。体験の価値が認識されるようになったのは最近ですが、概念自体は突然現れたのではなく、ずっと昔からあったのです。

ーそこに私たちがようやく気付き始めたということなのですね。

そうですね。「単に物を売るだけではなく、この物を通してどんな情緒的体験を提供できるのかが重要である」この考えは、日本以外の先進国では既にしっかり浸透していて、当たり前のこととして認識されています。ですから、何かの商品を売る時に、「この商品はここにこうこだわりました」「ここから抜擢した職人がこれを作りました」といった物語を消費者に伝えるということが普通に行われています。

日本でも、事業者や会社の経営者など、決裁権を持っていている世代の人たちがそのことに気付いていないという課題はありますが、若い世代の人たちには浸透してきているのではないでしょうか。 企業にとっての一番の喜びは、お客様に「いいブランドだね」「いい商品だね」と言っていただくことですよね。喜んでもらうことの対価としてお金をいただいているという前提を忘れず、素晴らしい体験をもっともっと増やしていきたいですね。

次回は、グラビティーワン亀谷が「ブランドアーキテクチャー:企業とブランドがどうあるべきか」を語ります。どうぞお楽しみに。


グラビティーワン株式会社では、ブランディングについてのご相談を受け付けています。ブランド戦略の策定から、ブランドコンセプト作り、インナーブランディング、ロゴデザイン、パッケージデザインまで、15年にわたって一橋ICSで講義を務めた亀谷が貴社のブランディングをお手伝いします。まずはじっくりお話を伺いますので、ぜひお気軽にお問合せください