ブランディングに関するごきげんコラム

GravityOneのスピリッツを代表するキャラクター「おたぬき」がご提供するコラムです。

ごきげんコラム?
おたぬき?

キャラクターは生きている!

2006/2/17

当サイトにいらした方々、おたぬきファンの皆様、ここ1ヶ月あまりコラムをお休みしていて申し訳ございません。諸事情により今月半ばまでおたぬきはお休みをしております。けっして怠けているわけではないのでご容赦くださいますようお願いいたします。
さて、今回はキャラクターについてのお話です。

ほんの少しだけ気をつけて世の中を見渡してみますと、なんとキャラクターが多いことかと驚かせられます。少しの間コラムを読み進めるのを休んで、今をときめくキャラクターをどのくらい知っているかを思い出してみてください。キャラクター大好きの私にとりましては、十本の指では足らないほどです。みなさんはどれくらい思い出しましたか?
昔々、キャラクターはマスコットとも呼ばれていました。販促を目的に起用された者達の使命は売りに徹していました。それがイメージキャラクターとなり、更に純粋にキャラクターと呼ばれるようになりました。この沿革は何を意味しているのでしょうか?それは、キャラクターと呼ばれる者達が生き物としての権利を得る過程であったのです。

先ずはじめに、独自の世界を代表する個人が貸し出されていたのがマスコットの時代です。アメリカ生まれのネズミさんやくまさんがお勧めする商品といった図式です。有名人の起用に乗ってしまえという安易な発想ですね。

次に、商品やサービスを代表して生み出されるようになったのがイメージキャラクターの時代ですが、この時代はキャラクターにとっては現代の布石ともいうべき辛い時代であったと思います。それは、場繋ぎであったり、目の保養であったりと前時代のキャラクター達が独自の世界観を背景に担っていた部分を、たいしたお世話もされぬまま背負わされた半端な時代だったからです。
特定の企業に属するキャラクターを当コラムで傷つけることは出来ないので、大変申し訳なく思いつつも警視庁のピーポ君について思うことをお話しさせていただきます。
彼は大変な苦労人なのです。子供達との接点にと生み出されたにも関わらず、その子供達と最も有効な接点であるアニメやおもちゃ屋さんに配備されることなく、一部の交番の看板に訳も分からず載せられていました。外国人が多い地域では奇怪ですらありました。私が学生の時分にも、なんだか訳が分からない存在だなぁと思ったほどです。それはキャラクターとして最も重要な性格描写と世界観を子供達に共有する場が欠けていたからです。これでは交通課の窓口で笑顔をふりまいていても逆効果でしかありません。笑顔が嫌みに見えますよね。ちなみに私はゴールド免許ですので、滅多なことでは交通課には行きません。
話がそれましたが、キャラクターには自身が住処とする世界を広く多くの方々にお知らせすることが必要であることをピーポ君は教えてくれています。
そして現在、自我に目覚めたキャラクターは生き物としての権利を獲得しました。前述したピーポ君も人気キャラになりつつありますが、次第に母体である警視庁の管轄を離れて独自の世界観を形成しうる勢いです。地道な積み重ねの賜物です。おめでとうございます。

ただし、ここが重要な点なのですが、権利を得ることで自由を誤解している者達が目立つようになってきた事です。生き物には生きる権利と同時に自然界の秩序がございます。とても原始的なことですが基本ですね。プラスして、社会性の生き物には役割があります。さらに人間社会では、自由を謳歌するには義務が生じるのです。キャラクターは人間社会に属する生き物です。完全管理は古い思想ですが、自由は義務によって補完されている事を生みの親が責任をもって導かなければいけません。
つまり、企業の顔やら人格が試されているのです。ジュラシックパークという映画で、人工的に蘇らせた恐竜が自然に産卵できないように完全管理されているはずなのに、ちゃっかり産んでいる状況に対して、恐竜博士が「Life find the way」と言います。ウーム、生き物は生きているからこそ、その生を最大限に活かそうとするのが性なのでしょう。

それでは生き物としての権利を得たキャラクターはどのように扱えば良いのでしょう?それは、とても単純なことです。管理者の立場を捨て去り、産んで活かす心構えを持てば良いのです。難しいようですが単純な事です。おたぬきもそうして産まれて生きているのですから、よく分かるのです。さあ皆さん、次世代のキャラクターをどうしますか?

おたぬきより愛をこめて

2006/2/13

日頃の感謝をハートに託してみたらこんなに大きくなってしまいました・・。

みなさま美味しく楽しい一日をお過ごしください。

ページトップへ